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『治世の能臣・乱世の姦雄』
曹操を評した、有名な言葉である。
その一方で、
『治世の姦賊・乱世の英雄』
とも曹操は言われている。
実際、曹操は姦雄と呼ばれるに相応しく、
天子の名によって粛正を行ったり、
卑劣な罠を仕掛けて強敵を仕留めたりもしたし、
勝利のために、一人の食料官に全責任を押しつけたりもした。
その一方で、良き将兵は敵であっても迎えたり
(自分を惨敗に追い込んだ軍師を誘うなど)、
「征した土地の田畑には将兵は入るな」と言って
手下による略奪を阻止したり、
仲間が日和見する中でひとり敵を追うなど、
英雄と呼んで然るべき行動も数多く取っている。
この落差をどう説明すればよいのであろうか。
私は考えた。
考え抜いた。
そして、ひとつの結論らしきものに相まみえた。
『曹操は、いつでも未来だけを見つめていた』
曹操は、もはや漢帝国の命が長くないことをいち早く察し、
その先にある新しい国を築くために
民を安んじる下地を整えながら
中華各地を支配下においていったのだ。
それは他の群雄たちだって同じだろう?
いや、曹操は少し違う。
曹操以外は、今の自分の勢力を伸ばすことしか考えていなかったが、
曹操は未来のことまで考えていたのだ。
後の世が平和であれば、漢帝国なんか
滅んでもかまわないと思っていたのである。
というよりむしろ、いっそ漢帝国を潰して
ゼロから新しい国を築きあげることによって
平和な世を作ろうとしたのだ。
そう考えれば、行動の落差に説明がつく。
警備員のころに高官をもメッタ殴りにしたり、
黄巾賊討伐で活躍したり、
董卓を倒すために積極的に敵地に飛び込んだりしたのは
漢帝国のために尽くしたと表面的には見えるが、
自分がつくる新たな国に
禍根を残さないためなのである。
劉備と敵対したのは、
劉備が漢帝国を蘇らせようとしたからである。
漢帝国が蘇ったら、また腐った政治が続くと考えた曹操にしてみれば
どうしても劉備の行いを阻止しなければならなかったのである。
たとえ劉備の意図が平和にあったとしても。
しかし、いきなり新しい国を作ると宣言したとて
いま漢帝国が存在している以上、誰も納得するはずがない。
(実際、皇帝を名乗った袁術はコテンパンにされた)
だからこそ、曹操は自分の行いを
正当であると思わせるため、 献帝を傀儡にして
すべてを漢帝国の名において行う必要があった。
その献帝から帝位を奪取しなかったのは、
”利用するだけ利用して、いらなくなったらポイ捨てた”
という汚名を後世に残さないためと解することができる。
そうやって曹操は、
未来が平和であれるように
今という時点から、邪魔になるものを
ひとつひとつ取り除いていったということができる。
もちろんそれで失われた命も名誉も数多いが、
未来だけを見ていた曹操にしてみれば
現在がどれだけ失われても何ほどにも思わなかったであろう。
曹操は、未来の平和のために今を犠牲にしたのである。
だからこそ、彼は「漢帝国を奪った」姦雄でもあり、
「新たな国の礎を築いた」英雄でもあったのだ。
乱世の姦雄は、乱世の英雄だったのだ。
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