3人は1羽のチョコボに乗って、ミヘン街道を横断していた。
しかし、あれから兄の表情は晴れ間がみえない。
手綱を握る手にも力が入らず、
チョコボは極めてゆっくり歩いている。
そんな兄に、妹たちが声をかける。
「兄君様、お気になさることはありませんわ。
召喚士の才能を妬む不埒な輩がいるのは仕方ありません。」
「そうだよ、あにぃ!
こんな時は、思いっきり走っちゃえば
暗い気持ちなんか吹っ飛んじゃうよ!」
そう言うと衛は兄から手綱を奪い、力を込めた。
「ハイヨー!」
チョコボは一瞬驚いて止まった後、全力疾走をはじめた。
「うわわわわわ、ちょ、ちょっと、...」
兄は落ちないようチョコボの背に必死でつかまる。
チョコボはそのまま、ミヘン街道の終点・港町ルカの入口まで駆けていった。
ルカでチョコボをおりた一行は、その日は町をまわって
ホテルで一泊したのち、翌朝のキーリカ島行きの連絡船
ウイノ号に乗船した。
ところがその船上でも、兄は浮かれぬ表情で佇んでいる。
「どうしたんだよ、あにぃ!」
衛が兄の眼前で平手を振る。しかし兄はまったく反応しなかった。
「だぁめだこりゃ...」
そうつぶやくと、衛は船室に戻ろうと踵を返した。
すると春歌と正面衝突しそうになる。
「あ、春歌ちゃん!」
「衛ちゃん...兄君様の様子は?」
「全然ダメ。ボクが見えてないみたいだよ。」
「やはり...一昨日からあの調子なのですね。
あの方の言葉がこたえられたのでしょうか...
昨日はああは申したものの、
やはりただ誹謗していらっしゃったようには思えませんでしたし...」
「そうだね...なんか、実感っていうか、凄みがあったよ。
何か、昔、ボク達と似たような道を歩んで、
辛い目にあったって感じ...」
2人のガードは、船がキーリカに着くまで、兄のこと...というより
兄に言葉をかけた謎の男について話していた。
ウイノ号はキーリカに到着した。
兄は表情をもとにもどして(それでも少し物憂げな面持ちは残っていたが)
キーリカ寺院の祈り子に面会し、祈りの間から出てきた。
すると、大召喚士オハランドの像の前でガッツポーズをとる男がいた。
男は振り向いた。
「およ?あんたら、召喚士様御一行かい?」
言われた兄に代わって衛が返事をした。
「うん。この人が召喚士様。ボクのあにぃなんだ。
こっちは、春歌ちゃん。ボクと同じ、あにぃの妹だよ。」
「やっぱり!ビサイド島から近々
有名な召喚士様が来ると聞いていたんだよな...」
「違う違う。僕はベベルのほうから来たんだよ。」
「なんだそうか、でもまあいいや。オレはニザルート。ブリッツ・チーム、
キーリカ・ビーストの花形キーパーさ!
エボンカップが近いんでな、オハランド様に必勝祈願してたんだ。」
「そういえば、オハランド様は元ブリッツボール選手だったね。」
「その通りさ!そして、その頃はキーリカ・ビーストにいたんだ。
だからキーリカ寺院は、ブリッツの必勝祈願寺なのさ!
お?そっちのバンダナしたお嬢ちゃん、
いい体してるな。どうだい、オレのチームでいっしょに暴れないか?」
「い、いや...やめとくよ。ボクはボールだけは苦手なんだ。
それに、今はあにぃのガードだし...」
「そうかい、残念だなあ。」
旅の疲れをほぐすように、彼等は他愛のない会話をしていた。
ところが。
どどーーーーーーーーーーーーーーーん!!
突然、あたりに轟音が響き、寺院が揺れた。
慌てて扉の隙間から外を見た兄は、
遠くに見える海岸に黒い大きなひれの姿を認めると血相を変えた。
「シンだ!シンがやってきた!」
兄は急いでドアを閉めた。
「シンだって!?まじいぞ、チームメイトが心配になってきたぜ。
すぐ町に戻らねえと!」
急くニザルート。しかし兄は言い放った。
「待った、外に出るのはあぶない。あなたまで巻き添えになってしまう。
衛、春歌、外が安全になるまで
誰も外に出ないようにドアの前で見張っていてくれ!
僕は寺院にいる人達に知らせてくる!」
「かしこまりました!」
「オッケー!」
妹たちが返事をすると、兄は無言で駆け出した。
「おい、お嬢ちゃんたち、通してくれよ!」
「通しません。兄君様のおっしゃることのほうが正しいと、私は思います。」
「そんなこと言わねえで、さあ!」
「だめだめ!よけいな犠牲者を出したら、あにぃが悲しむよ!」
衛と春歌とニザルートが押し問答を繰り返すあいだ、
兄は寺院を追い詰められた顔つきで走り回っていた。
...シンというのは、こんなに強かったのか?
...僕は、あの力の前に、何もできないのか?
...こんな僕に、シンを倒せるのか?
そういった思惑が頭をよぎる。それを押し殺すように必死に寺院を駆け回り、危険を知らせる。
寺院が揺れる。
轟音が響く。
そこにいる誰もが、恐怖と戦っていた。
およそ一時間ののち、シンが立ち去るまで...。
寺院を出た兄たちの目には、
ポルト・キーリカの悲惨な残骸がうつっていた。
奇しくもその時やってきたビサイド島からの連絡船・リキ号から
ひとりの少女がおりてきた。
深緑の右目と、蒼穹の左目の奥に揺るぎない決意が光る少女。
どうやら彼女も召喚士のようだ。
その姿を、キーリカの森の入口から遠巻きに見た兄は
凍り付いたように動かなくなった。
やがて、少女の言葉が沈黙を破る。
「ほかに召喚士がいなければ、わたしに異界送りをさせてください」
異界送りとは、無念に散った魂を成仏させる
召喚士だけができる呪術である。
これをやらないと魂は魔物となってさまようのだ。
少女が前に出る。
兄は黙っていた。
衛が兄の背中をつつく。
「ほら!ほかに召喚士はいるよ!あにぃ、前へ出て!」
しかし兄は動かなかった。
少女召喚士の鋭い瞳が、兄の足をストップさせていた。
そして、少女による異界送りがはじまった。
祈りの歌が響く。
華麗に杖を振り、少女が水上を舞う。
魂が虚空に溶けて消えてゆく。
異界送りは、静かに進み、終わった。
少女の瞳から一粒の雫が滴り落ちる。
しかしその表情に後悔はなかった。
彼女のガードとおぼしき黒衣の女性が、少女を抱き、慰める。
兄は放心状態でその様を見つめていた。
その夜...。
妹たちによって、放心状態のまま宿に運ばれた兄が
突然立ち上がった。
「...行こう。」
「「えっ?」」
妹達は驚いたが、そのまま兄の後を追った。
兄は港へ向かった。
しかし兄が乗ったのは、ビサイド行きのリキ号ではなく
ルカにもどるウイノ号であった。
「え?
ちょ、ちょっとあにぃ、ビサイド行きはあっちだよ!」
しかし兄は言葉にも反応せず、ウイノ号にそのまま乗っていた。
春歌も衛も、兄の異様な雰囲気に何も言えなくなった。
汽笛が鳴り響く。
召喚士の兄と、そのガードをする妹たちを乗せて、連絡船はルカにむけて出航した。