召喚士である兄と、そのガードをつとめる二人の妹は
雷鳴轟く雷平原の避雷針の下で立ち往生していた。
びかっ! ごろごろ... またしても雷鳴が響く。
「あにぃ...こんな危ない場所はボクはじめてだよ...」
「年がら年中雷が止まないというのは、異常ですわ。ねえ、兄君様...?」
そう、雷平原はいつも雷が鳴っているから雷平原なのである。
今ではとある機械技師が建ててくれたいくつかの避雷針のおかげで
少しは安全になっているが、だからといって全く安全が保障されている
わけではない。事実、件の技師も雷に打たれて死んだのだ。
「...参ったな。急いで抜けたほうが速く雷から逃げられるのは
わかっているけど...やっぱり避けながら進む自身がないや。...わっ!?」
兄は驚いてのけぞった。雷ではない。
トカゲのモンスター・シュメルケが襲いかかってきたのである。
「おっと、あにぃには指一本ふれさせないぞ!」
衛がローラーブレードで走りながら飛びかかり、シュメルケの噛みつきを
間一髪でかわすと両手で腹を掴んだ。
そのまま飛び上がり、シュメルケの頭を地面の岩肌に叩き付ける。
首を折られたシュメルケは絶命した。
「へへ、ど〜んなもんだい!」
自慢げに衛が兄のもとへ駆けようとする。
ところがタイヤが足下の石にひっかかり、衛は派手に転んでしまった。
「いったぁ〜...」
幸い受け身をうまくとったので怪我はなかった。
横を向いた春歌が失笑をこらえている。
呆れたような苦笑いで、兄が言った。
「衛、ここはミヘン街道のように舗装されてるわけじゃないから
車輪はまずいって言ったじゃないか。」
衛はふくれっつらをした。

結局、バサンダの防壁で雷を防ぎながら強行突破することで
一行は雷平原を脱出した。
続いてやってきたのは幻光河。
奇しくも今は夜。
河に舞う幻光虫が、星くずを散りばめたように見えた。
「...きれいだね、あにぃ...」
「ああ、僕も初めて見たよ。やっぱり映像スフィアより本物のほうが迫力があるね。」
「ひさかたの光まぼろし舞う河に、人の想いも行き交わんかな...」
春歌は思わず詩を詠んだ。
そのまま3人はその場にテントを張り、幻光虫の光を浴びながら眠りについた。

翌日。
一行は朝から川を渡る方法を探し、河辺を歩き回っていた。
ジョゼ寺院はこの川の向こうにあるのである。
そして昼前、象のような大きな獣とその近くの小屋の姿をみとめた兄が叫んだ。
「そうだ!シパーフの渡し守があったんだ!」
シパーフとは、幻光河の水辺を生息地とする温厚な巨獣である。
これをハイペロという部族が飼い慣らし、渡し船として利用しているのだ。
兄は急いで渡し守のほうへ駆け出した。妹たちもそれに続く。

「シパ〜フ乗るぅ?」
「乗る乗る!」
シパーフの力強さと可愛さに惹かれた衛は二つ返事で答えた。
「乗り心地がよさそうですわね〜...」
春歌もちょっと浮かれ気味だ。
「あ、召喚士とガ〜ドの皆さんだね〜。召喚士一行は最優先だよ〜。
さあ、乗って乗って〜。」
「わーい!あにぃもすぐ乗ろうよ!」
「兄君様、こっちですわ!」
「おいおい二人とも、そんなにはしゃぐと河に落ちるぞ。
(まあ、そのときはシパーフが鼻で助けてくれるからいいか...
あ、でも確かシパーフの鼻を気に入って、3回わざと河に飛び込んだ
おてんば娘がいたって話を聞いたことがあるな...衛もきっと
やっちゃうだろうな...)」
兄は頭の中でつぶやいた。

シパーフは幻光河の真ん中に差し掛かり、
3人はその上でお弁当を食べていた。
「おいしいね!」
衛がはしゃぐように言う。やはりシパーフはいい具合に揺れて乗り心地がいい。
昼ご飯もよけいおいしく感じられるのだろう。
3人はそのまま談笑しながら、ゆっくり食事をとっていた。
結局誰も河に落ちずに済み、
お弁当を食べ終わる頃、丁度シパーフは川を渡りきった。

さらに2日のち、3人は無事ジョゼ寺院にたどり着いた。
そして祈り子と対面した。
すると、寺院の外に轟音がたつ。
ジョゼ寺院の建物はキノコ岩に覆われているが、
召喚士と祈り子が対面すると
祈り子の精神波長が共鳴して、キノコ岩が一時的に剥がれるのだ。
そして面会が済むと、岩はもとにもどる。

その様子を遠巻きに見つめていた男がいた。
彼は岩がもとにもどってもなおそこに佇んでいた。
そして、外に出てきた兄たちは彼と対峙することになる。
兄たちは思わず息を呑んだ。
目の前にいた男が、あまりにも渋く物々しい雰囲気を漂わせていたからである。
ゆうに180cmはある背丈。それをも凌ぐ長さの大剣。
白髪混じりの角刈り。サングラス。真紅の外套。
どこから見てもただ者ではなかった。
しばらく沈黙が続く。
先に口を開いたのは、謎の男のほうであった。
「杖を携えし柔和な青年...細腕に力強さを秘めた二人の娘...
御前達も召喚士の一行か?」
自分たちのことを言われたことを察して、一行ははっとした。
とりあえずといった感じで、とっさに衛が反応する。
「...う、うん。この人...ボクのあにぃが召喚士さま。ボクは衛で、
こっちは春歌ちゃん。ふたりともあにぃの妹で、あにぃのガードをしてるんだ。」
「...春歌です。よろしくお見知り置きを...」
つられて、しどろもどろに返事をする春歌。
兄は黙りこくっていた。
その兄を見据えて、言葉を返したのは謎の男。
「やはり、御前が召喚士か...ふむ、確かに御前の瞳には決意が宿っている。
しかし、その奥には迷いが押し殺されている...」
「!!」
兄は驚愕した。
代わりに反論したのは衛である。
「な、何言ってんだよ!あにぃが迷ったり悩んだりするはずないよ!
ボクが昔『女の子らしくしなくちゃいけないのかなぁ...』って
悩んでいたとき、『衛は衛のままでいいんだよ、無理して
”女の子らしく”なろうと思わなくても』って言ってくれたあにぃが
悩むわけなんてない!」
「...どんなに意志の強い者でも、自分のことには弱いものだ。
俺とて...」
男はくるりと背を向けると、言葉を続けた。
「...あいつも召喚士になるときには、ずいぶん悩んだらしい。
しかしあいつは、失うことを恐れなくなっていたからこそ戦えた。
だが御前は失うことを恐れている。」
「...ああ、そうさ。僕は可愛い妹達を失いたくない。
だからシンを倒そうと思った。」
「...そうか。しかしいずれ、御前を召喚士にしたその意志そのものが
御前の召喚士としての道を阻むだろう。」
少し間をおいて、男はさらに言葉を続けた。
「あいつの娘も、失うことを恐れぬからこそ、召喚士の道を選んだ...」
それだけ云うと男は街道に向かって歩きだした。
「お待ち下さい!あなた、何を御存知ですの!?」
春歌が制止する。しかし男は応えず、寂しげに歌いながら去っていった。
「♪夜空の向こうには...もう明日が待っている...」
歌声はだんだん小さくなり、消えた。3人は立ちつくしていた。